2007年06月
2007年06月24日

サカモトと出会ってもうそろそろ20年だ。激しく強い女というのが第一印象。正しいと思うことを曲げないからぶつかる。なにかに苛立っているようにも見えた。誰とでも仲良くするわたしが仲良くならなかった。それが始まりだ。
いろいろあって・・・2001年、ZORA結成。それが二回目の始まり。
『心象・三人姉妹』という作品を産み落とした。それからペースはゆっくりだが一本一本、その時抱えているもの、起きていることを反映させながら作ってきた。わたしたちはとても不器用で時間がかかるができるだけ妥協しないで作った。
芝居作りの時もそうだが、普段どのように生きているかもとても重要だ。サカモトは、お能、スポーツクラブなど、ずっと鍛錬しているが、わたしはやるときはやる。やらないときはやらない人間で、芝居という大イベントが終わってしまうと、何もしない時期がだらだらと続く。でも今年は11月の公演まで何もないので、一念発起。やってみることにした。ひとつはピアノ。昔弾いていて長いこと放置されていた実家のピアノを姪が使ってくれることになり、ことの流れで連弾で発表会に出ることになったのだ。もうひとつは「アートパフォーマンス」!こちらもことの流れでとあるワークショップに参加することになった。始まりの予感。

ZORAの次回公演の日程が決まりました。
11月15日・16日
神楽坂セッションハウス ギャラリーガーデンにて。
タイトルは『カノン』です。
11月15日・16日
神楽坂セッションハウス ギャラリーガーデンにて。
タイトルは『カノン』です。
(23:46)
2007年06月17日
対話

井の頭線沿いは、今アジサイに溢れている。紫、ブルー、ピンク、白。季節ごとに色鮮やかに花開く生命の力強さ。この世に生命をいただいた感謝の気持ちと、またこの世界で呼吸をしているのは人間だけではないということを思い知らせてくれる。死人に口なしというけれど、最近は死人ほど多くを語っている気がしてならない。肝に落ちてこない空虚な言葉がとびかうなか、能の謡を聞くと凝縮されたなかにひとすじの光が見えてくるように感じる。殺戮が横行した室町時代、多くの死者を弔うことによって人は死んだ人間と言葉を交わしたのだと思う。私は平和な時代に生まれハイテクな環境下の中で生きている。けれど日本人のDNAをふと感じる時があるのだ。代々引きつがれてきたものと今。その両者を深い愛で見続け発信できる芸術家は稀有だと思う。
今日は5時前に目が覚めてしまった。陽が高らかに声をあげている。子供の頃、遠足があると早く目が覚めたものだ。今は朝のエネルギーがほしいのかもしれない。今日は大人の遠足。7月の「草迷宮」の舞台、逗子まで出演者一同遠出する。昨夜は寺山修二監督の映画「草迷宮」をDVDで見る。人がものづくりをすることがいとおしく感じる。この1週間、気持ちが乱れっぱなしだったけど、今日は久しぶりに海を見て自然の力をいただき気持ちを落ちつかせたい。まずは腹ごしらえ、さあしっかり食べようっと。

井の頭線沿いは、今アジサイに溢れている。紫、ブルー、ピンク、白。季節ごとに色鮮やかに花開く生命の力強さ。この世に生命をいただいた感謝の気持ちと、またこの世界で呼吸をしているのは人間だけではないということを思い知らせてくれる。死人に口なしというけれど、最近は死人ほど多くを語っている気がしてならない。肝に落ちてこない空虚な言葉がとびかうなか、能の謡を聞くと凝縮されたなかにひとすじの光が見えてくるように感じる。殺戮が横行した室町時代、多くの死者を弔うことによって人は死んだ人間と言葉を交わしたのだと思う。私は平和な時代に生まれハイテクな環境下の中で生きている。けれど日本人のDNAをふと感じる時があるのだ。代々引きつがれてきたものと今。その両者を深い愛で見続け発信できる芸術家は稀有だと思う。
今日は5時前に目が覚めてしまった。陽が高らかに声をあげている。子供の頃、遠足があると早く目が覚めたものだ。今は朝のエネルギーがほしいのかもしれない。今日は大人の遠足。7月の「草迷宮」の舞台、逗子まで出演者一同遠出する。昨夜は寺山修二監督の映画「草迷宮」をDVDで見る。人がものづくりをすることがいとおしく感じる。この1週間、気持ちが乱れっぱなしだったけど、今日は久しぶりに海を見て自然の力をいただき気持ちを落ちつかせたい。まずは腹ごしらえ、さあしっかり食べようっと。
(10:47)
2007年06月11日
夜の散歩に出た猫は、急に降り出した雨に途方に暮れているだろう。
母の一周忌が済んで、何だか力が抜けた。ぼんやりとしている。四季がめぐり一区切りとか喪が明けたとか。本当のことを言えばまだぜんぜん信じていない。
それから一週間の間に観た芝居がなんともタイムリーであった。一本はタテヨコ企画の『ムラムラギッチョンチョン』。劇団の後輩、小高が客演してるので観に行った。身近な人が突然に亡くなる。残された者の心のおきどころ。愚かで欲深でどうしようもない人間を、最後には応援したくなっている。いい芝居だった。小高のちょいワルぶりも良かった。
もう一本はNHK芸術劇場で観た青年団の日仏合同公演『別れの唄』。見るともなくテレビをつけていたが引き込まれてしまった。国際結婚をして日本に暮らしていたフランス人の妻が亡くなり、フランスから妻の家族が駆けつけ、明日葬式という夜の話。愛するものを失った悲しみと、異文化の壁。淡々と進む葬儀の準備と家族の戸惑いが丁寧に描かれ、切ない気持ちになる。分かり合えぬ者たちはやがて同じ悲しみの中で融合する。
改めて思う。これから先、生きていくということはいくつもの死に立ち会わなくてはならないということだ。
小降りになったので外へ出て猫を探す。向かいの駐車場の車の下で背中を丸めている。近づくと足が濡れるのも厭わず草むらへ逃げ去った。

こちらは新小岩の古本屋で見つけた猫。あまりの堂々っぷりに思わず撮影。
※タテヨコ企画『ムラムラギッチョンチョン』の詳細はこちら
母の一周忌が済んで、何だか力が抜けた。ぼんやりとしている。四季がめぐり一区切りとか喪が明けたとか。本当のことを言えばまだぜんぜん信じていない。
それから一週間の間に観た芝居がなんともタイムリーであった。一本はタテヨコ企画の『ムラムラギッチョンチョン』。劇団の後輩、小高が客演してるので観に行った。身近な人が突然に亡くなる。残された者の心のおきどころ。愚かで欲深でどうしようもない人間を、最後には応援したくなっている。いい芝居だった。小高のちょいワルぶりも良かった。
もう一本はNHK芸術劇場で観た青年団の日仏合同公演『別れの唄』。見るともなくテレビをつけていたが引き込まれてしまった。国際結婚をして日本に暮らしていたフランス人の妻が亡くなり、フランスから妻の家族が駆けつけ、明日葬式という夜の話。愛するものを失った悲しみと、異文化の壁。淡々と進む葬儀の準備と家族の戸惑いが丁寧に描かれ、切ない気持ちになる。分かり合えぬ者たちはやがて同じ悲しみの中で融合する。
改めて思う。これから先、生きていくということはいくつもの死に立ち会わなくてはならないということだ。
小降りになったので外へ出て猫を探す。向かいの駐車場の車の下で背中を丸めている。近づくと足が濡れるのも厭わず草むらへ逃げ去った。

こちらは新小岩の古本屋で見つけた猫。あまりの堂々っぷりに思わず撮影。
※タテヨコ企画『ムラムラギッチョンチョン』の詳細はこちら
(03:18)
2007年06月03日
衣がえ

今年前半はゆったりとした時間を過ごしている。なぜなら半年も舞台に立っていないからである。神様がいるならば、人生の小休止、折り返し地点、少し休めと言われている気がしてならない。休むにはきっと理由がある。忘れていたものを思いださせてくれようとしているのかもしれない。
20代で劇団第三エロチカに入団してから、ずっと駆け足で過ぎてきたように思う。さまざまな役を演じるのを楽しみながら、地方公演から海外公演とまだ見ぬ土地へ足を踏み入れた。あの頃の私の海外熱は冷めることを知らず、沢山の刺激をいただいた。何と言っても思い出深いのは、オーストリア、グラーツでの2ヶ月半の滞在であろう。ドイツ語圏の乾いた空気の中、教会の鐘で起こされ朝の市場に繰り出す。
ふと思うとこんなに長く在籍していたのに、劇団の思い出はグラーツしかない。あとのことはほとんど忘れてしまった。先日、雑司が谷の鬼子母神に行ったときに、23歳まで在籍していた早稲田小劇場の稽古場がその近辺にあったこと、先輩がよく連れて行ってくれた「母家」というおいしい焼き鳥屋は今でも鮮明に覚えている。人の記憶というものは不思議である。時が経つにつれ、あることはふくらみ、あることは消えていく。
6月になった、衣替え。紫陽花の花が咲きはじめた。私は花が好きである。季節ごとに彩やかさがちがう。そして毎年季節の花が咲き始めると、去年のその頃を思いだす。
まだ早い夕べ、布団に入り夜空を見る。家の前は川であるから、前方にさえぎるものはなく、月の輝きが窓越しから布団の中の私だけを照らしているようで贅沢な気持ちになる。こんな夜があってもいいっか、好きな曲を聴いて今日は早く寝ようっと。
・『母家』 健在でしたわ、なんと26年続いてます!
「先日このブログで7月10日青山銕仙会、能「隅田川」の舞台のお知らせをさせていただきましたが、上演がむずかしい状態となりました。時を置いてまた公演の運びとなりましたら、お知らせさせていただきます。」

今年前半はゆったりとした時間を過ごしている。なぜなら半年も舞台に立っていないからである。神様がいるならば、人生の小休止、折り返し地点、少し休めと言われている気がしてならない。休むにはきっと理由がある。忘れていたものを思いださせてくれようとしているのかもしれない。
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20代で劇団第三エロチカに入団してから、ずっと駆け足で過ぎてきたように思う。さまざまな役を演じるのを楽しみながら、地方公演から海外公演とまだ見ぬ土地へ足を踏み入れた。あの頃の私の海外熱は冷めることを知らず、沢山の刺激をいただいた。何と言っても思い出深いのは、オーストリア、グラーツでの2ヶ月半の滞在であろう。ドイツ語圏の乾いた空気の中、教会の鐘で起こされ朝の市場に繰り出す。
ふと思うとこんなに長く在籍していたのに、劇団の思い出はグラーツしかない。あとのことはほとんど忘れてしまった。先日、雑司が谷の鬼子母神に行ったときに、23歳まで在籍していた早稲田小劇場の稽古場がその近辺にあったこと、先輩がよく連れて行ってくれた「母家」というおいしい焼き鳥屋は今でも鮮明に覚えている。人の記憶というものは不思議である。時が経つにつれ、あることはふくらみ、あることは消えていく。
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6月になった、衣替え。紫陽花の花が咲きはじめた。私は花が好きである。季節ごとに彩やかさがちがう。そして毎年季節の花が咲き始めると、去年のその頃を思いだす。
まだ早い夕べ、布団に入り夜空を見る。家の前は川であるから、前方にさえぎるものはなく、月の輝きが窓越しから布団の中の私だけを照らしているようで贅沢な気持ちになる。こんな夜があってもいいっか、好きな曲を聴いて今日は早く寝ようっと。
・『母家』 健在でしたわ、なんと26年続いてます!
「先日このブログで7月10日青山銕仙会、能「隅田川」の舞台のお知らせをさせていただきましたが、上演がむずかしい状態となりました。時を置いてまた公演の運びとなりましたら、お知らせさせていただきます。」
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