2006年11月
2006年11月26日
すべての人間は、狂気において等しい

ダリ回顧展を見に行ってきました。圧倒的な絵画を見ると「絵画ほど簡潔な芸術はない 」と思います。簡潔で無限。そこに絵があり、ただそのまえに対峙するだけで、刺激を受けた魂が自由に浮遊します。絵の面白さもさることながら、タイトルにも注目です。「3足の靴の上に意味もなく乳を拡散するミルクの噴水」「奇妙な廃墟の中で自らの影の上を心配でふさぎがちで歩き回る、妊婦に形を変えるナポレオンの鼻」とか。ただ直訳しただけなのかもしれませんが、いいなぁ。今回の回顧展では、初期から晩年までの作品が辿れ、見慣れた彩色の絵画以外にも白い紙に鉛筆や木炭だけで書かれたデッサンなども見ることが出来ます。完成されたイメージを与える絵でも書き上げるまでに様々な過程があるのだということがわかります。デッサン、秀作を重ねながらイメージを膨らませていくのでしょう。
来年の1月にかもねぎショット公演『子供と会議』に出ることになり、稽古が始まりました。かもねぎの稽古も、まさにデッサン、秀作(エチュードと呼んでいますが)の繰り返し。色が塗られ額に納まるまで、今回も何十枚、何百枚、秀作を描くのでしょうか。
公演の詳細は近々お知らせします。

ダリ回顧展を見に行ってきました。圧倒的な絵画を見ると「絵画ほど簡潔な芸術はない 」と思います。簡潔で無限。そこに絵があり、ただそのまえに対峙するだけで、刺激を受けた魂が自由に浮遊します。絵の面白さもさることながら、タイトルにも注目です。「3足の靴の上に意味もなく乳を拡散するミルクの噴水」「奇妙な廃墟の中で自らの影の上を心配でふさぎがちで歩き回る、妊婦に形を変えるナポレオンの鼻」とか。ただ直訳しただけなのかもしれませんが、いいなぁ。今回の回顧展では、初期から晩年までの作品が辿れ、見慣れた彩色の絵画以外にも白い紙に鉛筆や木炭だけで書かれたデッサンなども見ることが出来ます。完成されたイメージを与える絵でも書き上げるまでに様々な過程があるのだということがわかります。デッサン、秀作を重ねながらイメージを膨らませていくのでしょう。
来年の1月にかもねぎショット公演『子供と会議』に出ることになり、稽古が始まりました。かもねぎの稽古も、まさにデッサン、秀作(エチュードと呼んでいますが)の繰り返し。色が塗られ額に納まるまで、今回も何十枚、何百枚、秀作を描くのでしょうか。
公演の詳細は近々お知らせします。
(21:41)
2006年11月19日
漁火

先週末より急に冷え込んできましたね。皆さん体調には気をつけてくださいね。私が今稽古をしている芝居は、小樽が舞台です。私自身小樽には行ったことはないのですが、4年前の10月に母と弟と三人で函館に旅行に行きました。天候にあまり恵まれなかったせいもありますが、その時の日本海の暗くさみしい色はいまだに胸に焼きついています。街からはイカの匂いが充満し、海辺にはさざなみが白く静かに何度も打ち寄せます。夜になると暗い海に漁火舟の灯りが灯ります。ああこれが八代亜紀さんの「舟歌」の世界なのだと、からだで感じることができました。日本に生まれていても、自分でこの情景を見るまではどこか頭だけで解釈しているのですね。どんなことでもそうだと思うのですが、自分のいる立場によってものの見方は本当に変わってしまいます。だから特にこの稼業は想像力、そして人を思いやる気持ちが必要なのですね。私もこのいただいた役にどれだけ空気を吹き込めるか。それはいつも一人でやるものだと、どこかで人を拒絶する癖がついていた私に、演出家の菅間さんは二人三脚でやっていけばいいじゃないかと言ってくださいました。思わず涙が出そうになりましたが、若い子を前に恥ずかしくグッとこらえました。でも本番は待ってはくれません。あと2週間、正念場です。そんなわけで私、親しい役者さん、演劇関係者の方から沢山のご案内をいただいていますが、この時期行けそうもありません。ごめんなさい。皆さんの舞台もよい舞台となることを願っています。
そして今日は最後に、函館に行った際に立ち寄った「啄木浪漫館」をふと思い出し、いくつかの短歌をお届けします。この次は本番前の12月4日にお会いしましょう!風邪などひかぬよう、暖かくしてくださいね。そろそろ鍋もいいですよ。
函館の 青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花
東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
砂山の 砂に腹這い初恋の いたみを遠く 思い出づる日

先週末より急に冷え込んできましたね。皆さん体調には気をつけてくださいね。私が今稽古をしている芝居は、小樽が舞台です。私自身小樽には行ったことはないのですが、4年前の10月に母と弟と三人で函館に旅行に行きました。天候にあまり恵まれなかったせいもありますが、その時の日本海の暗くさみしい色はいまだに胸に焼きついています。街からはイカの匂いが充満し、海辺にはさざなみが白く静かに何度も打ち寄せます。夜になると暗い海に漁火舟の灯りが灯ります。ああこれが八代亜紀さんの「舟歌」の世界なのだと、からだで感じることができました。日本に生まれていても、自分でこの情景を見るまではどこか頭だけで解釈しているのですね。どんなことでもそうだと思うのですが、自分のいる立場によってものの見方は本当に変わってしまいます。だから特にこの稼業は想像力、そして人を思いやる気持ちが必要なのですね。私もこのいただいた役にどれだけ空気を吹き込めるか。それはいつも一人でやるものだと、どこかで人を拒絶する癖がついていた私に、演出家の菅間さんは二人三脚でやっていけばいいじゃないかと言ってくださいました。思わず涙が出そうになりましたが、若い子を前に恥ずかしくグッとこらえました。でも本番は待ってはくれません。あと2週間、正念場です。そんなわけで私、親しい役者さん、演劇関係者の方から沢山のご案内をいただいていますが、この時期行けそうもありません。ごめんなさい。皆さんの舞台もよい舞台となることを願っています。
そして今日は最後に、函館に行った際に立ち寄った「啄木浪漫館」をふと思い出し、いくつかの短歌をお届けします。この次は本番前の12月4日にお会いしましょう!風邪などひかぬよう、暖かくしてくださいね。そろそろ鍋もいいですよ。
函館の 青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花
東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
砂山の 砂に腹這い初恋の いたみを遠く 思い出づる日
(22:27)
2006年11月13日
「美蕾樹」閉廊に寄せて

慌ただしさから郵便物を開封せぬまま溜めてしまい、さて一息つきお茶を入れ、一通一通目を通し・・・その中に生越さんからのお手紙がありました。「美蕾樹 閉廊のお知らせ」
美蕾樹(ミラージュ)は渋谷の真ん中にある、小さな画廊です。昨年の12月、ここをお借りしてZORA聖夜会「ブラックストーンホテル」を催しました。オーナーの生越さんは、23年前に古式然とした銀座を避け、これからの文化の発信地は渋谷と読み、ここに個性的且つ先駆的な表現者のための画廊を開き、以来、絵画に拘らずコンサート、朗読、舞踏など様々なアーティストに発表の場を与えてきました。
美蕾樹に一歩足を踏み入れると、渋谷の喧噪は遮断され、静かで暖かなサロンの風情に包まれます。私たちの「ブラックストーンホテル」もホテルの一室が舞台となる密室劇で、この空間がまさにぴったりでした。終演後にはワインを飲みながらお客さんと語らう時間を設けたり。こういった場所は実はとても貴重なのです。
また私たちはここでたくさんの方と出会いました。宣伝用の写真を撮ってくださった多田典文さん、聖夜会の壁に硬質なエロスを写真で表してくださったダイトウノウケンさんなどなど、生越さんの周りにはいつも素敵な男性や女性やゲイのおじさまが集っていて、私たちもこれまでとは違った分野の芸術家に巡り会うことができました。
そんな美蕾樹が「時代の移り変わりにより」閉廊してしまうことはとても残念なのですが、わたしは忘れません。生越さんから教えて頂いたおいしいワインの銘柄や、歳を重ねてもお洒落でいつも好奇心いっぱいに輝かせていた瞳を。23年間、お疲れさまでした。
(00:07)
2006年11月06日
『抜けられます』

菅間馬鈴薯堂の稽古場は、町屋、日暮里近辺。演出の菅間さんは墨田区出身。昔は白鬚駅(しらひげ)、玉の井駅(たまのい)の名称で知られた東向島あたり。「あしたのジョー」の舞台は白鬚橋、渥美清さんは上野生まれ。私は築地で生まれ、その後は北千住をもう少し北に西新井大師の先で育つ。高校はビートたけしさんと同じ都立足立高校。ZORAの相棒吉村さんは(先輩なのでさんづけです)江戸川区出身。下町のやからたち。勘なのですが、何か同じものを感じるのです。人との距離の置き方。そして東京人特有のシャイさ。
稽古が始まるまで、少し時間があると思い町屋で銭湯に入り薬草湯につかっていました。ちょうどご近所の方は夕食の支度の時間で、わたしひとり。いつも追われてばかりの時間の中で、久しぶりに本当にゆっくりと湯につかり薬草の香りに包まれていると、今、私の周りにいる人は、そんな気のいい人たちが多いなと思いました。
銭湯から出て、近くの喫茶店で台本を読んでいると、永井荷風の本を片手に隣のおじいちゃんが話しかけてきます。少し斜視のようで私はずっとそのおじいちゃんの目を見て聞いているのですが、こちらが焦点が合わなくなってきます。そして延々と、延々とお話されます。私の聞く許容範囲もリミットに近づき席を立とうかなと思いたったその時「あなたは何をやりたいの?」と質問されました。そのとき私の胸が一瞬ドキッと音をたてたのです。なぜでしょう。好きなことをしているのに。
昔、玉の井の私娼街の入り口に、路地が入り組んで迷宮状になっていたために「抜けられます」という看板があったことは有名です。それは単なる道に迷わないための看板であったかもしれませんが、見る人に様々な想像力をもたらします。シンプルな言葉の持つ力。役者もどれだけ削ぎ落とすことができるか、説明はいらないのですね。
小春日和のよき一日。陽も落ち、稽古を終えて、秋刀魚を肴に仲間と軽く飲み、ほろ酔いで帰途に着きました。本番まであと1ヶ月!

菅間馬鈴薯堂の稽古場は、町屋、日暮里近辺。演出の菅間さんは墨田区出身。昔は白鬚駅(しらひげ)、玉の井駅(たまのい)の名称で知られた東向島あたり。「あしたのジョー」の舞台は白鬚橋、渥美清さんは上野生まれ。私は築地で生まれ、その後は北千住をもう少し北に西新井大師の先で育つ。高校はビートたけしさんと同じ都立足立高校。ZORAの相棒吉村さんは(先輩なのでさんづけです)江戸川区出身。下町のやからたち。勘なのですが、何か同じものを感じるのです。人との距離の置き方。そして東京人特有のシャイさ。
稽古が始まるまで、少し時間があると思い町屋で銭湯に入り薬草湯につかっていました。ちょうどご近所の方は夕食の支度の時間で、わたしひとり。いつも追われてばかりの時間の中で、久しぶりに本当にゆっくりと湯につかり薬草の香りに包まれていると、今、私の周りにいる人は、そんな気のいい人たちが多いなと思いました。
銭湯から出て、近くの喫茶店で台本を読んでいると、永井荷風の本を片手に隣のおじいちゃんが話しかけてきます。少し斜視のようで私はずっとそのおじいちゃんの目を見て聞いているのですが、こちらが焦点が合わなくなってきます。そして延々と、延々とお話されます。私の聞く許容範囲もリミットに近づき席を立とうかなと思いたったその時「あなたは何をやりたいの?」と質問されました。そのとき私の胸が一瞬ドキッと音をたてたのです。なぜでしょう。好きなことをしているのに。
昔、玉の井の私娼街の入り口に、路地が入り組んで迷宮状になっていたために「抜けられます」という看板があったことは有名です。それは単なる道に迷わないための看板であったかもしれませんが、見る人に様々な想像力をもたらします。シンプルな言葉の持つ力。役者もどれだけ削ぎ落とすことができるか、説明はいらないのですね。
小春日和のよき一日。陽も落ち、稽古を終えて、秋刀魚を肴に仲間と軽く飲み、ほろ酔いで帰途に着きました。本番まであと1ヶ月!
(00:00)