2010年04月04日
時間の芸術
芝居といえどもいろいろなタイプ・質感があり、最近わたしが観客として思うのは、文字からちゃんと逸脱して役者が台詞を発していればOKなんです。本に甘えただ喋っているだけの役者を見ることぐらいつまらないことはありません。とはいえ、本はもちろん大切で、本選びで芝居の半分は決まってしまうかもしれません。ある有名な役者さんは、本が悪いなら俺が芝居を面白くさせてやると豪語しておりましたが、それも一理ありますが、皆で創っているものには、ひとりがどんなに長けていても限界があります。
芝居は、私はよく総合芸術だと昔は語っていましたが、今では時間の芸術と考えるようになりました。好きなときに美術書や本をめくれるものではなく、お客様に、その日どんな天候であれ、お金と足を運んでいただき、小屋に閉じ込め、時間を共有させる。小屋を出る際には、何らかのカタルシスを確実に味わっていただくためのマジック。芝居が始まり、10分、20分、1時間と時間が経っていく。飽きさせないマジックも必要ですが、タイムマシーンのように時間を遡れる、また未来にも飛翔できる感覚。暗闇のなかで空間が飛ぶ瞬間。同一に秒針を刻むことだけが時間ではない。

今回、芝居を終え、さまざまなことを感じました。自分がこれからやるべきことが明確になった気がします。けれど千秋楽で足を痛めてしまい、あまりの悔しさにバランスを崩しました。4月の予定は急回転。でも物は考えようです。動けない4月を利用して、今年のZORA公演の本をじっくり選ぼうと思います。5月になって走れるようになったら、思いっきり汗を流したい。
今回は中目黒という足の遠い場所まで、来てくださった方に本当に感謝いたします。これからも精進し、いいものを創っていきたいと思っています。ありがとうございました。