2009年06月
2009年06月28日
ヨシムラからのお知らせです!!
このたび、演劇ワークショップを企画しました!
『俳優が考える俳優が受けたい俳優のためのワークショップ』
RE3の演劇ワークショップ
『短期特別 サマースクール』
芝居を始めようと思ったときどこへ行くか。
わたしは、「演劇の基礎を半年で学べるコース」(当時、青年座にそんなクラスがあった)で身体訓練から発声からバレエ、日舞、戯曲解釈、演劇史まで様々な授業を受けたが、演劇について学んだ経験といえばその時ぐらい、かれこれ四半世紀も昔のこと。その後は実践のみ。
芝居に正解などなく、人から教わるものではないとの思いがあった。
まして、人に教えるようなものではない、と。
唯一性。我流。良く言えば・・・。
しかし、長い年月と共に体にしみついた変な癖や訓練でなければ得られないものがあることも自覚している。これからも続けていくためのケア、メンテナンスも必要なのだろう。だけどな、今さらな。
何度か共演した役者さんから、ワークショップを企画したい、との話を伺ったのが昨年11月。私はこの方の熱意に心うごいた。私自身の思いと重なった。
「自分たちが受けたい演劇ワークショップを開講しよう!」
それから4名の賛同者とともに試行錯誤しつつ、この夏の開講に漕ぎつけました。
詳細はこちらをご覧下さい。
http://re3swork.web.fc2.com/
開催が迫っておりますが、受講ご希望の方はご一報ください!
re3swork@live.jp
(12:13)
2009年06月21日
霧の伊豆大島

6月になってから休みがほとんどなく、唯一の休みの日に、母の田舎、伊豆大島に一泊二日で行って参りました。懐かしい潮の香り。昔は浜松町竹芝桟橋から、夜、東海汽船に乗り込み、朝焼けを見るのが大好きでした。海に照らし出された太陽は、希望に満ち、美しく、活力を与えてくれました。6月とあって観光客もまばらで、霧に覆われた温泉にアマガエルと共に浸かり、静かでゆったりとした時間を過ごすことができました。翌朝は、霧も晴れ三原山に囲まれていると、同じ東京でありながら不思議な感じがします。海に浮かぶ島は、独特な色あいを保ちつづけています。
そして94歳の祖母に、本当に久しぶりに会ってきました。現在、祖母は老人ホームにいます。大島は本土と違って、海風と森林浴でとても空気がよく、この日もホームには心地よい風が流れていました。祖母は4人目の子供がお腹にいるとき、夫が戦死し、その後教師として働きながら、ひとりで子供を育てあげたパワフルウーマンです。
三原山を背に、でも少しさびしかったのです。以前は「ヨシエ」と呼んでくれたおばあちゃんも、もう私が誰なのかわからないようです。年を重ねるにつれ、時々急にもの悲しくなるのは、年老いてひとりになったときに、家族ではなく人生の最後は見知らぬ人たちと共同生活をするという現実です。気がつくことは、みな淋しんぼうで話し相手を必要としています。それはすでに時々会いにくる家族ではなく、毎日時間を共有している他者としかできないことなのです。どちらかというと女性はよく喋るのですが、男性は本当に黙ったままの人が多いということです。一日誰とも喋らず時間が過ぎて行く。喋らないからだの中に、言葉がぎっしり詰まっているはずなのに。
今年も半年が過ぎ去ろうとしています。アジサイが咲くと一年の折り返し地点にきていることを実感します。そういう意味ではこの旅行は、私にひとつのけじめを与えてくれました。旅行というのはいいものです。普段いる場所を離れて、自分をちょっと遠くから観察できたりします。

家に戻り、摘んできた明日葉を洗っていると、小さなカタツムリがもそもそと移動しています。一緒に飛行機に乗り、ここまで来たと思うとなんとも愛らしい。家の前の芝生に逃がし、ほっと一息。今年はこれからが正念場です。9月と12月に舞台。9月は、以前お世話になった《かもねぎショット》に久しぶりに客演します。ちょうど1年ぐらい前に見た公演にピン!ときました。舞台がおしゃれで、一瞬鳥肌がたちました。この鳥肌が私が行動を起こすセンサーなのかもしれません。かもねぎショット公演についても、またご案内していきますね。蒸し蒸し
してきましたが、皆さんも体調に気をつけて!


6月になってから休みがほとんどなく、唯一の休みの日に、母の田舎、伊豆大島に一泊二日で行って参りました。懐かしい潮の香り。昔は浜松町竹芝桟橋から、夜、東海汽船に乗り込み、朝焼けを見るのが大好きでした。海に照らし出された太陽は、希望に満ち、美しく、活力を与えてくれました。6月とあって観光客もまばらで、霧に覆われた温泉にアマガエルと共に浸かり、静かでゆったりとした時間を過ごすことができました。翌朝は、霧も晴れ三原山に囲まれていると、同じ東京でありながら不思議な感じがします。海に浮かぶ島は、独特な色あいを保ちつづけています。
そして94歳の祖母に、本当に久しぶりに会ってきました。現在、祖母は老人ホームにいます。大島は本土と違って、海風と森林浴でとても空気がよく、この日もホームには心地よい風が流れていました。祖母は4人目の子供がお腹にいるとき、夫が戦死し、その後教師として働きながら、ひとりで子供を育てあげたパワフルウーマンです。
三原山を背に、でも少しさびしかったのです。以前は「ヨシエ」と呼んでくれたおばあちゃんも、もう私が誰なのかわからないようです。年を重ねるにつれ、時々急にもの悲しくなるのは、年老いてひとりになったときに、家族ではなく人生の最後は見知らぬ人たちと共同生活をするという現実です。気がつくことは、みな淋しんぼうで話し相手を必要としています。それはすでに時々会いにくる家族ではなく、毎日時間を共有している他者としかできないことなのです。どちらかというと女性はよく喋るのですが、男性は本当に黙ったままの人が多いということです。一日誰とも喋らず時間が過ぎて行く。喋らないからだの中に、言葉がぎっしり詰まっているはずなのに。
今年も半年が過ぎ去ろうとしています。アジサイが咲くと一年の折り返し地点にきていることを実感します。そういう意味ではこの旅行は、私にひとつのけじめを与えてくれました。旅行というのはいいものです。普段いる場所を離れて、自分をちょっと遠くから観察できたりします。

家に戻り、摘んできた明日葉を洗っていると、小さなカタツムリがもそもそと移動しています。一緒に飛行機に乗り、ここまで来たと思うとなんとも愛らしい。家の前の芝生に逃がし、ほっと一息。今年はこれからが正念場です。9月と12月に舞台。9月は、以前お世話になった《かもねぎショット》に久しぶりに客演します。ちょうど1年ぐらい前に見た公演にピン!ときました。舞台がおしゃれで、一瞬鳥肌がたちました。この鳥肌が私が行動を起こすセンサーなのかもしれません。かもねぎショット公演についても、またご案内していきますね。蒸し蒸し
してきましたが、皆さんも体調に気をつけて!
(21:37)
2009年06月13日
入梅の候
「梅雨入りしたと見られます」の報。曇天を仰ぐ。

前回もお伝えしましたが、次回公演のタイトルと演出家が決まりました。これから半年をかけ、ZORA『セミラミスの月』をつくります。イヨネスコ「椅子」の構造のおもしろさ、内包する「孤独」、いくつかのイメージを頼りに、まずは本を読み込んでいます。
演出の扇田拓也さんは多才ぶりを発揮しつつ独自の活動を行っている方ですが、茫洋としてとらえどころがありません。自身が主宰する劇団では「どこかもの哀しい諦念の世界」を描き、情感に流れず良い意味で醒めた目線を持っている方と思い、今回の演出を託すことにしました。
その扇田さんが出演する舞台を見に王子へ。天文学者という役が似合っていました。茫洋としています。芝居は饒舌に語られれば響かず、蒸す劇場を出て夜の町をゆけば、遙かに確かな「営み」があり、むずかしいものだと感じます。
昨夜は、NHKの芸術劇場で「焼肉ドラゴン」を見ました。ずいぶん評判になっていたけど見逃してしまった舞台。鄭義信氏がずっと描き続けてきたことの集大成のような作品でしたが、どうしようもなくかかわりながら生きている人々、まさに「営み」がありました。万博に狂騒した昭和のエネルギー、経済成長を底辺で動かした人たち、やり場のない感情、トタン屋根に振る桜の花びらのラストシーン。芝居を動かすものは、観客を揺らすものは、一体なんなのでしょう?思いだけでは伝わらず、語るだけでは聞こえないもの。時間をかけて探ることしか方法は見あたらないけれど。テレビと、対峙する一人だけの観客の濃密な時間を過ごしました。
「梅雨入りしたと見られます」の報。曇天を仰ぐ。

前回もお伝えしましたが、次回公演のタイトルと演出家が決まりました。これから半年をかけ、ZORA『セミラミスの月』をつくります。イヨネスコ「椅子」の構造のおもしろさ、内包する「孤独」、いくつかのイメージを頼りに、まずは本を読み込んでいます。
演出の扇田拓也さんは多才ぶりを発揮しつつ独自の活動を行っている方ですが、茫洋としてとらえどころがありません。自身が主宰する劇団では「どこかもの哀しい諦念の世界」を描き、情感に流れず良い意味で醒めた目線を持っている方と思い、今回の演出を託すことにしました。
その扇田さんが出演する舞台を見に王子へ。天文学者という役が似合っていました。茫洋としています。芝居は饒舌に語られれば響かず、蒸す劇場を出て夜の町をゆけば、遙かに確かな「営み」があり、むずかしいものだと感じます。
昨夜は、NHKの芸術劇場で「焼肉ドラゴン」を見ました。ずいぶん評判になっていたけど見逃してしまった舞台。鄭義信氏がずっと描き続けてきたことの集大成のような作品でしたが、どうしようもなくかかわりながら生きている人々、まさに「営み」がありました。万博に狂騒した昭和のエネルギー、経済成長を底辺で動かした人たち、やり場のない感情、トタン屋根に振る桜の花びらのラストシーン。芝居を動かすものは、観客を揺らすものは、一体なんなのでしょう?思いだけでは伝わらず、語るだけでは聞こえないもの。時間をかけて探ることしか方法は見あたらないけれど。テレビと、対峙する一人だけの観客の濃密な時間を過ごしました。
(08:54)
2009年06月06日
セミラミスの月 ~イヨネスコ「椅子」より~

私はうまく喋れないので、ブログを書き始めてから自分で自分のかんがえていることが整理できてよかったと思っています。うまく喋れないというのは、感じたことがどっかからだの奥底に確実に沈殿しているのだけれど、その正体のようなものを言語に表わすことに、とても時間がかかるのです。そして言語にしてしまったら決定稿となってしまう気がして、そのままからだに沈殿させておきたくなるのです。さまざまな状況時に、即答しなければならない場面に出くわすと、ウッとひとつ、ためらいの間をおいた瞬間、すでに相手から攻めこまれ、私はいつも口ごもってしまうのです。
そんな人種は、なかなか大成できないかもしれないけど、確実にいます。そしてかたちにならない、そのもやもやの正体が、なんだか原動力のような気がするのです。イヨネスコ「椅子」にも、そんな老人が登場してきます。老人はずっと長年抱えていたメッセージを伝えたいと思っています。そしてその老人を愛するひとが傍らにいる。もっとこの作品をやる意気込みなどを明確にお伝えしたいとも思ったのですが、あと半年、この作品と向き合い、自分のもやもやを解剖していこうと思っています。イヨネスコ自身がある記事で語った、こんなコメントがあります。「私は何も理解できません。理解すべき事などないのかもしれません。私の望みは私と同じような疑いにとり付かれて、それを言う勇気のない多くの人に答えることです。」
ZORA12月公演が決定いたしました!セミラミスの月 ~イヨネスコ「椅子」より~演出・構成に扇田拓也さんを迎え、これからZORAのセミラミスの月 ~イヨネスコ「椅子」より~を創作していきます。又追って紹介させていただきます。どうぞお楽しみに。
イヨネスコ
セミラミス

私はうまく喋れないので、ブログを書き始めてから自分で自分のかんがえていることが整理できてよかったと思っています。うまく喋れないというのは、感じたことがどっかからだの奥底に確実に沈殿しているのだけれど、その正体のようなものを言語に表わすことに、とても時間がかかるのです。そして言語にしてしまったら決定稿となってしまう気がして、そのままからだに沈殿させておきたくなるのです。さまざまな状況時に、即答しなければならない場面に出くわすと、ウッとひとつ、ためらいの間をおいた瞬間、すでに相手から攻めこまれ、私はいつも口ごもってしまうのです。

そんな人種は、なかなか大成できないかもしれないけど、確実にいます。そしてかたちにならない、そのもやもやの正体が、なんだか原動力のような気がするのです。イヨネスコ「椅子」にも、そんな老人が登場してきます。老人はずっと長年抱えていたメッセージを伝えたいと思っています。そしてその老人を愛するひとが傍らにいる。もっとこの作品をやる意気込みなどを明確にお伝えしたいとも思ったのですが、あと半年、この作品と向き合い、自分のもやもやを解剖していこうと思っています。イヨネスコ自身がある記事で語った、こんなコメントがあります。「私は何も理解できません。理解すべき事などないのかもしれません。私の望みは私と同じような疑いにとり付かれて、それを言う勇気のない多くの人に答えることです。」
ZORA12月公演が決定いたしました!セミラミスの月 ~イヨネスコ「椅子」より~演出・構成に扇田拓也さんを迎え、これからZORAのセミラミスの月 ~イヨネスコ「椅子」より~を創作していきます。又追って紹介させていただきます。どうぞお楽しみに。イヨネスコ
セミラミス
(12:41)