2009年05月

2009年05月31日

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命日

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信じられないくらいあっけなかった。
それから実感なく3年過ぎた。
父はめっきり弱り、姉はめっきり強くなり、
母がいなくなった家族は組み直され再生が始まっている。

実家を離れ、婚家も出てきてしまった女はひとり
雨の音だけが続く夜の中で、
強烈な孤独と意外なほどの開放感を同時に感じている。

幼い頃に祈ったことは、
みんなが幸せな世の中になりますように
戦争がなくなりますように
それから次第に人間の非力さ愚かさを知り
いつのまにか祈りは自分のためになり
選挙に行くことも
子供を産んで育てることも
やり過ごし
主義のない表現のために
ときに全力で、ときに片手間に、
お金と時間と情熱を費やしてきた。

ただ一人のひとを幸福にすることもなかった喪失感と
やりたいことをやってきてこれからもやっていける自信と
これから先だれかをすごく好きになるという予感。


明日から6月という日に。


(10:49)

2009年05月23日

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第47回全日本合気道演武大会

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日本武道館に行ってまいりました。全国から、又、海外の合気道愛好者の方が、大勢出陣していました。君が代が流れ、元内閣総理大臣、関係者の方のご挨拶があり、いざ開演!すると次々と投げ技が演じられていきました。激しく、静かに、ゆるやかに。

第47回全日本合気道演武大会

昨年は観世榮夫さんの追悼で、能「隅田川」を最後に、私のなかで何かがひとつ終わりました。能に何かを求めていたのだと思います。日舞も2年やり、スポーツクラブも昨年暮れに脱会。からだを動かすことによって得られるもの…。

からだを動かすことは好きで、その高揚感がないと生きている気がしないと言ってもいいのかもしれません。ランナーズハイな私の脈拍数は、一分間に47~48これは除脈といって、スポーツマン心臓とも言われるようです。正常な方は60~80かな。私の体はそんな具合にできあがってしまっているようなのです。

ただこの二、三年は、高揚感だけではもの足りなく、何かもっと精神的なもの、自分のからだが自然に流れゆくものを探し求めていました。そして一度全てやめてしまえと、何も運動をせず5ヶ月が経ちました。おかげでやっぱり太りましたが。

興味を持っていたのは、古武道、合気道。甲野善紀さんの著書「表の体育 裏の体育」に共鳴しました。これまでも関心のある本を読んでいると、必ず合気道に巡り合うのです。相手がいて、その相手と勝ち負けを競わない武道。鍛錬は自分との戦い。九段下の坂を下りながら、はじめてみようかなと思いました。

神様と呼ばれた男:塩田剛三

ZORAは、オリジナルが理想です。でも今は、色んな作家の方のエキスもいただいています。そして、やっと12月公演のタイトルが決定しました。タイトルが決まったら、なんだか元気がでてきましたよ~ムクムクダンスムクムク!外は雷、大雨、冷風。でもきっと自分たちの言葉に出会う日が来ると、そんな思いになった今日でした。

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(22:45)

2009年05月17日

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雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきたハイビスカス

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夏のような日、渋谷、Bunkamuraシアターコクーンに、「雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた」を観劇してきました。3時間の舞台。後半に登場された、タキシード姿が本当によく似合う鳳蘭さん。素敵でした。特にカーテンコールで胸に手をあてて礼をする鳳蘭さんの気品には圧倒されました。

雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきたハイビスカス

急に薄寒くなった日、映画「60歳のラブレター」を鑑賞しました。一緒に行ったお友達は、隣でシクシク泣いています。イッセー尾形さんと綾戸智恵さんの会話のテンポが小気味よく、台詞も音のようです。

60歳のラブレター譜面


そしてZORAは、現在一週間に一回の活動。イヨネスコ「椅子」を再読。日本の言葉、繊細さに惹かれながらも、ヨーロッパ作品に惹かれる所以は、亡命、渇き、そして感覚に訴えてくる孤独な響き。

夏になればカミュの「異邦人」が読みたくなる。舞台は地中海だし、行ったこともないけれど、私にとっての夏が喚起される。イメージと好奇心のバロメーターは、実は何も知らないということによって、脳とからだが勝手に飛行していく心地よさ。イヨネスコ「椅子」からは、大きな地球のなかに、水溜まりがあり、そこにぽっかり小さな人間が浮かんでいる。その小さな人間からのメッセージが発信される・・・というイメージが喚起されました。協力してくださるスタッフの方と手を組み、まだ見ぬZORA WORLDへ、少しずつ邁進していきます。

(11:48)

2009年05月10日

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スローバラード

雨の後、緑濃くなる。
拙宅の前の桜の葉も大いに茂り、よく見ると葉の影に赤い実。まだ小さいけれどつやつや。もう少し様子を見て収穫してみましょう笑顔

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GWは都内をぶらぶら転々と歩いた。武蔵野やら神楽坂やら亀戸やら、東京、横・移動。GWの途中、忌野清志郎の訃報を聞く。80年代へ、縦・移動。高校の頃、友人に誘われて行った学園祭でRCサクセションを初めて見た時の衝撃、それから野音や武道館へも行った。圧倒的な存在、曲、詞、だけど一番好きなのはキヨシローの声だった。その声からは全てが響いた。愛も反戦も。切なく強く。好きな人がだんだんと居なくなる。

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金曜日の夕方、おてんき雨。歩道橋を渡る時見上げると、大きな大きな虹。キヨシローがステップを踏みながら渡ってゆくのが見えた気がした。
居なくなったんじゃなくて、そこに居るんだね。

忌野清志郎「スローバラード」

(14:03)

2009年05月03日

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寺山修司さんのこと

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いかす奴、という言葉がぴったり!考えてみればちゃんとこの方の戯曲を読んだことがなかったのかもしれません。20歳で入団した早稲田小劇場、その頃研修生だった私は、今から思えば、随分贅沢な舞台を堪能していたのだと思います。富山で開催された第1回世界演劇祭では、並々ならぬ作品、集団が世界から押し寄せ、またそのプロデュースをした鈴木忠志さんのアンテナは物凄いものでした。日本からは寺山修司さん主催「天井桟敷」、太田省吾さん主催「転形劇場」、そしてSCOT(早稲田小劇場改名)。太田省吾さんはとてもフランクで、夜、山小屋で温かいお話もしてくださいました。

寺山修司さんのことは、早稲田小劇場の「昼餐会」という芝居を見に来てくださったときのことを今でもよく覚えています。2月の寒空、私は新人で、震えながら外でアトリエ公演の受付をしていました。既におからだの調子が悪く、ちゃんと座ることもできなかったようですが、黒のコートをまとい横になりながら観劇していらっしゃいました。観劇後「むずかしい芝居ですね」の一言。実は、私はこの芝居が大好きでしょうがなかったのです。なぜなら、出演していた早稲田小劇場の男優さん10名あまり、全員がウェディングドレスを身にまとい、皆が皆、本当に色っぽかったのです。そして紀伊國屋ホールで観た「レミング」、寺山さんは劇場の階段をやはり黒いコートを翻しながら、軽やかに舞い降りてきました。その時のかっこよかったこと!47歳、肝硬変で亡くなったなんてあまりにも若い。

寺山ワールド

2日、昨年ZORAの舞台に出演していただいた、扇田拓也さん演出、寺山修司「さらば映画よ」のリーディングを観劇してきました。時を経ても知的に戯曲が生きていることに感動しました。そして松重豊さんの中年男が、粋でしたね。いい本、いい役者を見ると、ボルテージがぐんぐんあがっていきます。4日まで上演していますよ~ 

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扇田拓也さん  日本語を読む その2

(20:29)