2009年04月
2009年04月26日
華咲き乱れる夜の都
曇り空。久々に降りた高円寺の駅はちょっと小ぎれいになっていましたが、一歩入れば、怪しい小店がひしめき、混沌中央線文化の香り色濃く残り、わくわくとします。景気づけに駅前の「富士そば」でコロッケうどんをひっかけ、いざライブ会場へ。

『山田晃士&流浪の朝謡』
ヴォーカリスト山田晃士は、大きな顔に山高帽の出で立ち。芝居風の退廃的なモノローグ。笑えます。でもしかし、圧倒的に歌がうまい。歌詞に力があり、伝える強さがあり、なにより歌う姿が楽しそう。(察するに)回り道をしながらも長くやってきたことが、このように達成されるのであれば、本当に幸せなことであるなぁと。好きなことをやり続けること、仲間がいること。もうそれだけですね。なんだかすっかり魅了されました。
音楽はライブ、「生」です。
わたしたちの芝居も、「生」。お見せできるものは、その時のわたしたちでしかなく、一回きり。
今後のライブなど → 『山田晃士&流浪の朝謡』

曇り空。久々に降りた高円寺の駅はちょっと小ぎれいになっていましたが、一歩入れば、怪しい小店がひしめき、混沌中央線文化の香り色濃く残り、わくわくとします。景気づけに駅前の「富士そば」でコロッケうどんをひっかけ、いざライブ会場へ。

『山田晃士&流浪の朝謡』
ヴォーカリスト山田晃士は、大きな顔に山高帽の出で立ち。芝居風の退廃的なモノローグ。笑えます。でもしかし、圧倒的に歌がうまい。歌詞に力があり、伝える強さがあり、なにより歌う姿が楽しそう。(察するに)回り道をしながらも長くやってきたことが、このように達成されるのであれば、本当に幸せなことであるなぁと。好きなことをやり続けること、仲間がいること。もうそれだけですね。なんだかすっかり魅了されました。
音楽はライブ、「生」です。
わたしたちの芝居も、「生」。お見せできるものは、その時のわたしたちでしかなく、一回きり。
今後のライブなど → 『山田晃士&流浪の朝謡』
(14:33)
2009年04月19日
授業
桜前線はあっという間に北上し、街の色は一新、新緑に輝いています。

歳を重ね、先のことはある程度予測がついてしまうような気がしていたけど、油断はできません。全く予想していない事態が降りかかってくるものです。昨年末の公演の後、私たちにもそれぞれの「変革」がありました。てんてこまいの日々を少しだけやっと抜け、稽古を始動させています。ZORAのテーマのひとつとして「今」へのこだわりがありますが、まさに「今」それぞれの身に起きていることは、次回の作品へ投影されてゆくのでしょう。
「なぜイヨネスコか?」
一昨年だったか、サカモトがイヨネスコ劇場の「授業」を見てきました。戯曲、役者、演出に圧倒されたそうです。また、カミュ、ギィ・フォワシーなどもこれまでに上演しましたが、フランスの作品との相性のよさ、肌になじむ感覚があること。「椅子」「授業」という作品を読んで、2人(あるいは3人)の会話が洒脱で、うまく言えませんが「戯れ(ざれ)」のおもしろさに惹かれたことなどがあります。今起きていることと、これからの問題、例えば医療や介護、派遣だったり…を投影させていくこともできそうです。「勝ち/負け」「支配/被支配」などに二分化する風潮や、他者との関係、殊に男と女の関係性の変化にも思うところあり、作品に織り込まれていくかもしれません。

チェーホフは『雨が降ったら「雨が降った」とお書きなさい』と言ったそうです。余計なことを語らずとも伝わること。ありのままであること。簡単なようで難しいですね。
時間をかけて話し合い、持ち寄り、小さな欠片を集める地道な作業が続きます。
桜前線はあっという間に北上し、街の色は一新、新緑に輝いています。

歳を重ね、先のことはある程度予測がついてしまうような気がしていたけど、油断はできません。全く予想していない事態が降りかかってくるものです。昨年末の公演の後、私たちにもそれぞれの「変革」がありました。てんてこまいの日々を少しだけやっと抜け、稽古を始動させています。ZORAのテーマのひとつとして「今」へのこだわりがありますが、まさに「今」それぞれの身に起きていることは、次回の作品へ投影されてゆくのでしょう。
「なぜイヨネスコか?」
一昨年だったか、サカモトがイヨネスコ劇場の「授業」を見てきました。戯曲、役者、演出に圧倒されたそうです。また、カミュ、ギィ・フォワシーなどもこれまでに上演しましたが、フランスの作品との相性のよさ、肌になじむ感覚があること。「椅子」「授業」という作品を読んで、2人(あるいは3人)の会話が洒脱で、うまく言えませんが「戯れ(ざれ)」のおもしろさに惹かれたことなどがあります。今起きていることと、これからの問題、例えば医療や介護、派遣だったり…を投影させていくこともできそうです。「勝ち/負け」「支配/被支配」などに二分化する風潮や、他者との関係、殊に男と女の関係性の変化にも思うところあり、作品に織り込まれていくかもしれません。

チェーホフは『雨が降ったら「雨が降った」とお書きなさい』と言ったそうです。余計なことを語らずとも伝わること。ありのままであること。簡単なようで難しいですね。
時間をかけて話し合い、持ち寄り、小さな欠片を集める地道な作業が続きます。
(20:35)
2009年04月12日
熊野(ゆや)

気を悪くなさならいでね。ふだんなら私、髪の毛を撫でていただくのが大好きなの。でも今はいや。髪の毛のさきまで悲しさと心配でいっぱいだから、涙が髪の毛からも流れるような気がするの。おねがいだから、触らないでね、ちょっと体を動かしただけで濡れそうなほど、涙が縁(ふち)まで溢れているんですから。・・そりゃあお花見に連れて行っていただくのはうれしいけど。近代能楽集 熊野 三島由紀夫
能 熊野
美しき言葉の達人、三島由紀夫さんの「熊野」を一年に一度のこの時期、無性に読みたくなります。文体に酔わされながら、次第に俗な人間が表面化し一筋縄ではいかぬ世界が展開し唸らせてくれます。時を経て、手に取りたくなる本と、捨ててもかまわない本がはっきりしてきます。先日テレビを見ていたら、ある男優さんがこんなことを言っておられました。《今は再放送が沢山されるので、以前に自分の出演した番組も見るんですよ、そうすると嘘をやっていると時が経つと、なんだかわかっちゃうんですね。》

昨日は朝から府中の森公園に、貸切バスで総勢30人、花見に行ってまいりました。気温20度を超え皆の顔もほてり顔、その頭上に小さな花びらがたくさん舞っていきます。千鳥が淵のライトアップされた夜桜は妖艶で怖ささえ感じるけれど、朝の桜ははかなく可憐。何が本当か嘘か境界線もないし、人生の選択は迷いだらけだったりするけれど、一年に一度のこの時期、桜を見ることによって、自分の心も一掃されるようで勇気づけられます。
府中の森公園
新芽が吹き出すこれから、ZORAも今年の公演に向けて目を見開きリフレッシュしていきたいと思います。今日は本読み、イヨネスコの「授業」「椅子」を下敷きに、新しい人との出会いも求めていざ発信!

気を悪くなさならいでね。ふだんなら私、髪の毛を撫でていただくのが大好きなの。でも今はいや。髪の毛のさきまで悲しさと心配でいっぱいだから、涙が髪の毛からも流れるような気がするの。おねがいだから、触らないでね、ちょっと体を動かしただけで濡れそうなほど、涙が縁(ふち)まで溢れているんですから。・・そりゃあお花見に連れて行っていただくのはうれしいけど。近代能楽集 熊野 三島由紀夫
能 熊野
美しき言葉の達人、三島由紀夫さんの「熊野」を一年に一度のこの時期、無性に読みたくなります。文体に酔わされながら、次第に俗な人間が表面化し一筋縄ではいかぬ世界が展開し唸らせてくれます。時を経て、手に取りたくなる本と、捨ててもかまわない本がはっきりしてきます。先日テレビを見ていたら、ある男優さんがこんなことを言っておられました。《今は再放送が沢山されるので、以前に自分の出演した番組も見るんですよ、そうすると嘘をやっていると時が経つと、なんだかわかっちゃうんですね。》

昨日は朝から府中の森公園に、貸切バスで総勢30人、花見に行ってまいりました。気温20度を超え皆の顔もほてり顔、その頭上に小さな花びらがたくさん舞っていきます。千鳥が淵のライトアップされた夜桜は妖艶で怖ささえ感じるけれど、朝の桜ははかなく可憐。何が本当か嘘か境界線もないし、人生の選択は迷いだらけだったりするけれど、一年に一度のこの時期、桜を見ることによって、自分の心も一掃されるようで勇気づけられます。
府中の森公園
新芽が吹き出すこれから、ZORAも今年の公演に向けて目を見開きリフレッシュしていきたいと思います。今日は本読み、イヨネスコの「授業」「椅子」を下敷きに、新しい人との出会いも求めていざ発信!
(10:38)
2009年04月05日
さくら、さくらん
桜の花の満開の下、晴れ晴れしい気持ちと、ほろ苦い思いを、両方抱えて歩いています。

引っ越してきて二ヶ月経った我が家の玄関を開くと飛び込んでくる「桜」。3階まで枝を伸ばし、フェンスも越え「春ですよ」とご挨拶しているよう。ああ、あなたは桜だったのですね。

こちらは先日通った中野通りの桜並木、まさに桜のトンネル。中野駅から新井薬師までゆるゆると歩きながら見つけた、ひときわ姿の美しい桜の木。
見事一斉に咲き、終わりと始まりを盛大に祝福し、潔く鮮やかに散る花。入学式や恋人との別れや狂騒の頃の酒盛り(そこに集った人々)を切なく思い起こさせる花。春雷に耐え、ミサイルを頭上に見送り。
そして明日は、ZORAのお花見です!
その様子は追って!
↑
というわけで、行ってきました!
4月6日、千鳥が淵の桜です。

夕暮れと夜の間の刻、はらはらと、既に散り急ぐ気配の花弁を眺めながら、それぞれの思いをめぐらせ、それぞれのイメージを喚起した夜でした。でもまだ少し肌寒く、締めは鳥鍋と熱燗!
桜の花の満開の下、晴れ晴れしい気持ちと、ほろ苦い思いを、両方抱えて歩いています。

引っ越してきて二ヶ月経った我が家の玄関を開くと飛び込んでくる「桜」。3階まで枝を伸ばし、フェンスも越え「春ですよ」とご挨拶しているよう。ああ、あなたは桜だったのですね。

こちらは先日通った中野通りの桜並木、まさに桜のトンネル。中野駅から新井薬師までゆるゆると歩きながら見つけた、ひときわ姿の美しい桜の木。
見事一斉に咲き、終わりと始まりを盛大に祝福し、潔く鮮やかに散る花。入学式や恋人との別れや狂騒の頃の酒盛り(そこに集った人々)を切なく思い起こさせる花。春雷に耐え、ミサイルを頭上に見送り。
そして明日は、ZORAのお花見です!
その様子は追って!
↑
というわけで、行ってきました!
4月6日、千鳥が淵の桜です。

夕暮れと夜の間の刻、はらはらと、既に散り急ぐ気配の花弁を眺めながら、それぞれの思いをめぐらせ、それぞれのイメージを喚起した夜でした。でもまだ少し肌寒く、締めは鳥鍋と熱燗!
(21:06)